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  • 2010.04.09 Friday
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売り方。

 お昼にラーメン仲間のミカッチと、
いつもの様に『天下一品』へ。

その中での会話は、音楽とビジネスと、芸術と作品とについて、
また一つ考えを深めるものになった。

彼女はクラシックピアニストで、留学経験もある実力派だ。
その上、クラブでターンテーブルを回すという多彩ぶり。
聡明な人物であることは保証する。


クラシック業界がどうなっているのか。
僕は内部の人間ではないのでちゃんとは分からないが、
ずいぶん旧態依然のようだ。

先日、県内のクラシック界の総会があったらしく、
『どうして観客は減ったんでしょうねー』という話題になったのだそう。
そこでミカッチはこう言いたかった。



「あのね、お客さんが亡くなりゆうがよ。」



クラシックのコンサートに来る客が10年前と同じだというのだ。
”客層”ではない、”客”本人の話だ。



「そりゃ50歳、60歳っていうたら、亡くなる人も出てくるわ。」





「新しい顧客をつかもうとしてない?」と聞くと、まったくだという。
端的にいえば『お友達付き合いで成り立っていたし、これからもそうしたい』、
こういう組織だから、客も自然に減るのだとミカッチは憤慨する。

そうだ、これはクラシック界のみならず、
全ての経済活動にとって関係してくる話だと気付いた。
どの業種でも人口分布やその推移は、売り上げや顧客数に関係してくる。
J-POPであれクラシックであれ、ジャズであれ演劇であれ、
人口が右肩下がりだと売り上げを維持するのは容易ではない。

この問題に対する解決策はたった一つ『顧客の創造』なのだけど、
音楽業界はそれを何か、汚物であるかのように、
広告に頼るのは邪道だと言わんばかり。

この問題の深層には「音楽=芸術(アート)である」という、
抽象的な信念がある。
そして芸術(アート)は、絶対不可侵の存在であり、
アーティストは純粋性を保たれるべきであるとクラシック界の人は言う。


しかしそれはピントがずれているし、あまりに閉鎖的だ。

そもそも、僕らミュージシャンは音楽を通じて「実在」したいはずだ。
自分が死んでも、自分の音楽は長生きして欲しいと願ったりするのではないか。
初心、そこを目指していたのではないのか。

だから多くの人に届けと願う事が邪道だという発想自体が、
とても悲しいし、自室での自慰行為を推奨するものになりかねない。

ミュージシャンは、世に出なければミュージシャンではないのだから。

芸術が唯一無二のものだとするならば、
僕は「作品」を作って多くの人に届けたいと願う。
そこには僕の名前が記されているべきだとは思うけど、
必ずしも名前がどうとかじゃない。

音楽そのものが生き残るように粉骨砕身しているんだ。

そして、そこには必ず『見せ方』が必要で、
「この人はこういう音楽をやってる」であるとか、
「かっこいい」とか「かわいい」とか、そういう曖昧な印象でもいいから、
リスナーにあの手この手でアナウンスしてやる必要がある。





「ミカッチ、ロシアの曲ばっかりやってよ(笑)」
「ロシア好きやからねー(笑)」
「そしたらさ、背景はロシアカラーで、真ん中にマトリョーシカで顔はミカッチ(笑)」



それを多くのご老体は拒絶するかもしれないけど、
音楽そのもののマーケットの為にも、
ミュージシャンはもっと商才を身につけた方がいいのではと、
空っぽのラーメンどんぶりを前に溜息をついた。













こんなところです。





そして宿題消化期間へ。

 ごぶさた。

別方面で忙しくって、やっと一息ついたところです。
3曲か4曲かを待たせてて、これを今週消化していきたいと思います。

またこっちのブログもぼちぼち再開しようかなと。


こんなところです!!

ビッグバンドにいて。

 
もうカーリングが面白過ぎてね!(笑)
それはともかく。


ビッグバンドに加入してもう6年くらいになります。

初めて練習に参加した時、
ベースもドラムもいない中で
しかも初見で、
どうすりゃいいんだって唖然としました。

何度か続くうちになれたし、
というか「これは練習になるな」って気持ちを切り替えたので
そっからはわりと楽になりました。

ほんとにありがたい事だとおもいます。

練習って気がするのは、
多分自分に結構なウェイトを課してるからだと思います。
それまでギターらしいプレイを考えてきた頭に
ベースを弾くであるとか、
ベースを弾きながらコンピングであるとか
すべてのコードを弾くであるとか、
ピアノのフレーズを真似してみるであるとか、
アンサンブルに必要なことは何でもやらなきゃって考えてるからです。

アマチュアバンドにありがちな、
メンバーが練習にこないっていう状況も
個人的には楽しんでやってます。

管楽器のフレーズやピッチがよく聴き取れるし
これはこれで楽しいものです。

クリック練習も嫌いじゃないです。
いやむしろ好きです(笑)



バンドでは、音楽の練習をさせてもらってます。

ギターの技術は僕、それほどでもないんですけど、
「こういうフレーズや節回しはこういうリズムがいい」とか
「こういうキッカケが出やすいだろうな」とかは
随分クリアになってきました。

もっと俯瞰して
「このテンポはこのセクション、難しそう」とか
「ここのフレーズはキツいんだろうな」とか、
もっと言えば
「ここはお客さんにとってこう聴こえるだろう」とかが
なんとなくつかめるようになりました。

音楽の、練習がこうして積めてるのは
いいバンドに加入できたからだし、
いいメンバーに巡り会えたからだし、
ありがたいなって思います。


それは技術の甲乙ではなくって、
否、技術の甲乙は確かに大事なんだけど、
それ以前に、思いやりの精神がアンサンブルなんだっていう
感覚が、大事なんだって気がついたのが
この10年で一番の発見だったと思います。




また今週もドラムとベースがいない練習なのかもしれないけど、
僕はそれだからこそ会得し得たことが沢山ある。
すでに「僕はギタリストだ」っていうアイデンティティもないし
「僕は作曲家だ」っていうのも薄れてきてる。

必要なくなったから。


そうじゃなくて、僕は僕の音楽をやればいいんだと思う。
ギターを持ってたと思えばカシシに持ち替えた、とか、
かと思えば歌いだしたっていうのが
僕には向いているように思う。


枠を取り払えた時に音楽の芯が見えてきた。

だからありがたいし、
うれしい。

音楽は楽しいね。



こんなところです。



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